東京地方裁判所 平成3年(ワ)3615号 判決 1995年3月27日
原告
有限会社盛船舶
右代表者代表取締役
盛善樹
原告
中村奈保美
同
中村涼平
同
中村学
右両名法定代理人親権者母
中村奈保美
原告
浅井葉多子
同
浅井友香
同
田島滿子
同
田島和典
同
谷由美
右九名訴訟代理人弁護士
山田秀雄
右訴訟復代理人弁護士
松原健滋
被告
三菱重工業株式会社
右代表者代表取締役
相川賢太郎
右訴訟代理人弁護士
山田洋之助
同
池田映岳
被告
日興産業株式会社
右代表者代表取締役
川中健二
右訴訟代理人弁護士
二宮征次郎
右訴訟復代理人弁護士
松井孝之
被告
国
右代表者法務大臣
前田勲男
右訴訟代理人弁護士
東松文雄
右指定代理人
小濱浩庸
外三名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 請求
一 被告らは各自、原告中村奈保美に対し、金四五〇四万七三九八円及び内金三九一七万七三九八円に対する昭和六三年一月二七日から、内金五八七万円に対する平成三年八月二七日から、原告中村涼平に対し、金二二五二万三六九九円及び内金一九五八万八六九九円に対する昭和六三年一月二七日から、内金二九三万五〇〇〇円に対する平成三年八月二七日から、原告中村学に対し、金二二五二万三六九九円及び内金一九五八万八六九九円に対する昭和六三年一月二七日から、内金二九三万五〇〇〇円に対する平成三年八月二七日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは各自、原告浅井葉多子に対し、金二九八七万五七六四円及び内金二五九八万〇七六四円に対する昭和六三年一月二七日から、内金三八九万五〇〇〇円に対する平成三年八月二七日から、原告浅井友香に対し、金二九八七万五七六四円及び内金二五九八万〇七六四円に対する昭和六三年一月二七日から、内金三八九万五〇〇〇円に対する平成三年八月二七日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは各自、原告田島滿子に対し、金二九三〇万六八八三円及び内金二五四八万六八八三円に対する昭和六三年一月二七日から、内金三八二万円に対する平成三年八月二七日から、原告田島和典に対し、金一四六五万三四四一円及び内金一二七四万三四四一円に対する昭和六三年一月二七日から、内金一九一万円に対する平成三年八月二七日から、原告〓谷由美に対し、金一四六五万三四四一円及び内金一二七四万三四四一円に対する昭和六三年一月二七日から、内金一九一万円に対する平成三年八月二七日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告らは各自、原告有限会社盛船舶に対し、金一億円及び昭和六三年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 (当事者)
原告有限会社盛船舶(以下「原告盛船舶」という。)は海運を業とする会社であり、後述の海難事故において沈没した引船第十二多賀春丸(以下「多賀春丸」という。)を所有していた。
原告中村奈保美は多賀春丸の船員であった亡倉田良政の妻、原告中村涼平はその長男、原告中村学は同次男である。
原告浅井葉多子は多賀春丸の船員であった亡浅井美穗の妻、原告浅井友香はその長女である。
原告田島滿子は多賀春丸の船員であった亡田島致孝の妻、原告田島和典はその長男、原告〓谷由美は同長女である。
被告三菱重工業株式会社(以下「被告三菱重工」という。)は、船舶の建造、修理及び販売等を業とする株式会社である。
被告日興産業株式会社(以下「被告日興産業」という。)は、海運、大型重量物海上荷役を業とする株式会社であり、台船N一五〇一(以下「本件台船」という。)を所有する。
2 (本件台船の改造工事)
本件台船の前身は、被告三菱重工が昭和五〇年九月ころ、自社使用の目的で被告三菱重工広島造船所で建造した鋼製浮力定盤であるが、被告日興産業は、右鋼製浮力定盤を被告三菱重工から買い受けてその所有権を取得し、昭和六二年夏ころ、被告三菱重工に右鋼製浮力定盤の改造工事を発注した。
右鋼製浮力定盤は、長さ42.5メートル、幅17.5メートル、深さ3.6メートル、数千五〇〇重量トンであったが、被告三菱重工は、右鋼製浮力定盤の前後の両端に波切部分を増設して、全長約六〇メートル、幅約二〇メートル、二〇〇〇重量トンの台船に改造した(以下「本件改造工事」という。)。
本件改造工事によって増設された部分(以下「本件増設部分」という。)と増設前の旧船体部分との結合方法は、次のとおりである。まず、甲板下部分及び船底板上部分においてはそれぞれ旧船体横隔壁に中央縦桁と各舷三本の船側縦桁計七本を設置し、右一四本の縦桁中央に前後部合計二八個の肋板(ブラケット)を溶接し、本件増設部分縦方向ほぼ中央に甲板及び船底縦桁を結ぶ七本の支柱が上下溶接されたが、本件増設部分内には、縦通隔壁はなかった。
3 (海難事故の発生)
多賀春丸は、訴外近藤海事株式会社(以下「近藤海事」という。)との周旋契約に基づき本件台船を曳航中、昭和六三年一月二七日午前四時から五時の間ころ、伊豆半島石廊崎西方沖合で何の連絡もないまま沈没し、船長高藤利英、船員亡倉田良政、同浅井美穗及び同田島致孝の乗組員全員が行方不明となった(以下「本件海難事故」という。)。本件海難事故現場には、片側の本件増設部分が脱落した本件台船のみが浮遊していた。その後、右乗組員全員について、本件海難事故日に同事故によって死亡したものとみなす各失踪宣告の裁判が確定した。
4 (本件海難事故の原因)
本件台船の残存部には、大型船舶等の他の物体と衝突した痕跡がない。したがって、本件海難事故の原因として、本件台船は、本件増設部分と旧船体部分との結合強度が不足していただけでなく、本件増設部分と旧船体部分とを比較すると旧船体部分の強度が強すぎたため、波浪による衝撃が本件増設部分に集中したこと等が原因となり、設計時の想定を超える厳しい海上の航行を経て、本件増設部分内部部材が破損し、その強力構造を減殺したことにより、結合部分が疲労状況にあったところ、多賀春丸が本件台船を曳航して、神子元島の北方水路を航行中、引き索が海底の岩に引っかかり、本件台船の船首が強力な曲げモーメントを受け、船首側の結合部に破断が生じたが、その後も航行を継続し、波にもまれた(いわゆるザギングボギング)ことにより、本件増設部分に海水が入って完全に脱落し、同部分が海中に沈み、引索を通して多賀春丸を海中に引きずり込んだものと考えるのが最も現実的である。
そして、後から取り付けられた本件増設部分のみがそのまま脱落していること、脱落した本件増設部分と反対側の増設部分の結合部において、補強板の剥離、亀裂、破損が各所に多数存在していたこと、本件海難事故当日の天候は、午前四時に西北西の風、風速4.3メートル、午前五時に北西の風、風速3.3メートルで、特に荒天ではなかったことから、本件台船に設計上若しくは工作上の欠陥があり、本件海難事故は、本件台船の右欠陥により生じたものであることが、経験則上高度の蓋然性をもって推測される。
5 (被告らの責任)
(一) 被告三菱重工について
被告三菱重工は、本件台船の運搬予定状況、航行予定海域及び実際に就航している同程度の台船の構造等を十分検討して、設計上及び工法上、通常の就航に耐え得る改造工事を行うべき注意義務があるのに、これを怠った過失がある。すなわち、本件台船には、前記のとおり、旧船体と増設部分の結合部の強度が大型化した改造後の台船の船体に比べて明らかに強度不足であり、増設部分の強度が旧船体部分のそれより強過ぎたために強度のバランスが損なわれ、波浪による衝撃が強度の弱い増設部分に集中する結果を招いたことのほか、台船は船尾よりも船首部分を強い構造にするのが一般的であるのに、本件台船はそのような設計がされていないこと、増設部分のボトムガーダに設計の指定寸法と異なる部材が使用されたこと、増設部分と旧船体部分とを結合させる七本のⅠ型ガーダは必ずしも図面どおりに等間隔には取り付けられておらず、中心線上のものは一〇センチメートルも右舷にずれていること、結合部で溶接が完全にされていない部分があったこと等の設計上及び工作上の欠陥があったところ、被告三菱重工は、本件増設部分の製造者であり、その製造に係る増設部分の欠陥により同部分が脱落して本件海難事故が発生したものと推測されるのであるから、いわゆる製造物責任の法理により、被告三菱重工の右過失が推認される。
(二) 被告日興産業について
被告日興産業は本件台船の所有者であり、本件台船の就航による海上荷役を行うことを業とする者であるところ、本件改造工事に際して内航海運業法の手続に基づき、運輸省の認可を受けて改造工事を発注すべき義務があり、更に、改造工事後も就航に耐えうる完全な台船によって海上荷役がなされるよう常時監視をしておかねばならない注意義務があるのに、これを怠り、無認可で発注し、本件台船の強度に欠陥があることを見落として本来運航を中止させなかった過失がある。
(三) 被告国について
本件海難事故の直接の原因は、本件台船の改造工事における瑕疵であるが、被告国は、船舶所有者に船舶の安全に関する厳重な検査義務を課して事故を未然に回避させ、関係者の生命と財産を守るべき法律上の義務を負っており、現実に船舶安全法第五条では右の趣旨に鑑み、船舶所有者に定期検査の義務を課し、その違反に対しては罰則をもって対応している。台船は、船舶安全法に基づく同法施行規則二条二項三号において、運輸大臣の裁量により検査の対象となる船舶から除外することができるものとされているが、小型曳航船が台船を曳航しながら海上を航行することは、台船が巨大で小型曳航船を海中に引きずり込む体積・重量を有しておりながら、外海を比較的遠距離航行するものであることから、相当に危険性の高い行為であることを考慮すると、運輸大臣がその裁量によって、台船を検査対象から除外し、改造の欠陥を事前にチェックしないことは、国民の生命及び財産の安全を守るべき危険防止義務に違反し、その裁量権を逸脱するものというべきであって、違法な公権力の行使に該当する。
(四) したがって、被告三菱重工及び被告日興産業は、不法行為に基づき、また、被告国は、国家賠償法一条一項に基づき、原告らが被った損害を共同して賠償すべき義務がある。
6 (原告らの損害)
(一) 原告中村奈保美、同中村涼平及び同中村学
(1) 亡倉田良政の逸失利益
六一二七万四七九七円
昭和六二年の所得金額
四五一万四〇二〇円
昇給 一〇パーセント
生活費控除 三〇パーセント
中間利息控除
就労可能年数二九年(死亡当時満三八歳)
新ホフマン係数17.629計算式
4,514,020×0.7×(1+0.1)×17.629
(2) 填補 一二九二万円
船員保険法に基づき、昭和六三年二月から平成三年三月まで受けた給付月額三四万円の三八か月分
(3) 相続 原告中村奈保美三一八四万一五二九円、同中村涼平及び同中村学各一五九二万〇七六四円
(4) 慰謝料 亡倉田良政及び原告ら固有の慰謝料
原告中村奈保美一五〇〇万円、同中村涼平及び同中村学各七五〇万円
(5) 弁護士費用 原告中村奈保美五八七万円、同中村涼平及び同中村学各二九三万五〇〇〇円
(二) 原告浅井葉多子及び同浅井友香
(1) 亡浅井美穗の逸失利益
三一八四万一五二九円
昭和六二年の所得金額
三七六万六四九〇円
生活費控除 三〇パーセント
中間利息控除
就労可能年数一七年(死亡当時満五〇歳)
新ホフマン係数12.077
計算式3,766,490×0.7×12.077
(2) 填補 九八八万円
船員保険法に基づき、昭和六三年二月から平成三年三月まで受けた給付月額二六万円の三八か月分
(3) 相続 原告浅井葉多子、同浅井友香各一〇九八万〇七六四円
(4) 慰謝料 亡浅井美穗及び原告ら固有の慰謝料
原告浅井葉多子、同浅井友香各一五〇〇万円
(5) 弁護士費用 原告浅井葉多子、同浅井友香各三八九万五〇〇〇円
(三) 原告田島滿子、同田島和典及び同〓谷由美
(1) 亡田島政孝の逸失利益
三二三七万三七六七円
昭和六二年の所得金額
三九五万一九〇〇円
生活費控除 三五パーセント
中間利息控除
就労可能年数一八年(死亡当時満四九歳)
新ホフマン係数12.603
計算式
3,951,900×0.65×12.603
(2) 填補 一一四〇万円
船員保険法に基づき、昭和六三年二月から平成三年三月まで受けた給付月額三〇万円の三八カ月分
(3) 相続 原告田島滿子一〇四八万六八八三円、同田島和典及び同〓谷由美各五二四万三四四一円
(4) 慰謝料 亡田島致孝及び原告ら固有の慰謝料
原告田島滿子一五〇〇万円、同田島和典及び同〓谷由美各七五〇万円
(5) 弁護士費用 原告田島滿子三八二万円、同田島和典及び同〓谷由美各一九一万円
(四) 原告盛船舶
(1) 逸失利益
三億五七六九万六〇〇〇円
多賀春丸は、月額最低六〇〇万円の収入を上げ、その経費は月額四〇〇万円であったが、更に三〇年は稼働可能であったところ、中間利息(新ホフマン式)及び船体保険によって受けた給付七五〇〇万円を控除すると、逸失利益は三億五七六九万六〇〇〇円となる
(計算式、(6,000,000-4,000,000)×12×30×18.029)。
(2) 弁護士費用 三五七六万九六〇〇円
よって、原告らは被告らに対し、第一請求一ないし四記載のとおりの金員の支払を求める(原告盛船舶は一部請求)。
二 請求原因に対する認否
(被告三菱重工)
1 請求原因1の事実のうち、原告盛船舶が海運を業とする会社であること、被告三菱重工及び被告日興産業に関する事実は認め、原告盛船舶が多賀春丸の所有者であったこと及び原告盛船舶を除く原告らの身分関係については不知。
2 請求原因2の事実はすべて認める。
3 同3の事実のうち、乗組員らが行方不明であることは認めるが、その余の事実は不知。
4 請求原因4の事実のうち、被告三菱重工が本件台船の製造改修業者たる地位にあり、設計上及び工作上の注意義務を負うことは認めるが、その余の事実は否認する。
5 請求原因5(一)、(四)の事実はすべて否認する。
6 同6の事実は不知。
(被告日興産業)
1 請求原因1の事実のうち、被告三菱重工及び同日興産業に関する事実は認め、その余の事実は不知。
2 同2の事実はすべて認める。
3 同3の事実は不知。
4 同4の事実は否認ないし不知。
5 同5(二)の事実のうち、被告日興産業が本件改造工事にあたり内航海運業法第八条による運輸省の認可を受けなかった事実は認めるが、その余の事実及び同5四は否認する。
6 同6の事実は不知。
(被告国)
1 請求原因1の事実のうち、原告盛船舶が海運を業とする会社であり、多賀春丸の所有者であったことは認めるが、その余の事実は不知。
2 同2の事実は不知。
3 同3の事実のうち、多賀春丸の乗組員が行方不明になったこと及び右乗組員についてそれぞれ失踪宣告の裁判が確定したことは認め、その余の事実は不知。
4 同4の事実は不知。
5 同5三の事実のうち、台船が一般に船舶安全法に基づく同法施行規則二条二項三号において運輸大臣の裁量により船舶安全法の検査の対象となる船舶から除外されていることは認め、その余の事実及び同5四は否認する。なお、本件台船は沿海区域を越える区域(近海区域)を航行したことがあるので、同法の適用を受ける船舶となったものである。
6 同6の事実は不知。
三 被告らの主張
1 被告三菱重工
(一) 船首側本件増設部分が剥離した破断面(以下「本件破断面」という。)には、疲労破壊現象や溶接上の欠陥も見られなかったのであるから、本件海難事故は、航行による疲労亀裂から生じたものではない。むしろ、本件破断面において、上甲板が下方に大きく塑性変形していること、本件増設部分内の甲板縦桁が旧船体の横隔壁を突き破り、横隔壁上の帯板を前方に引っ張りながら引きちぎられていること、左舷船側外板の状況などの事実から、本件海難事故は、海上現象では説明のつかない程異常に大きな衝撃的応力が、本件増設部分に上から下へ、かつ若干右舷から左舷の方向に向かって押し下げるように作用して、急速な延性破壊による破断をもたらしたことにより発生したものであって、右破壊は、波浪等の流体による荷重では起こり得ず、他船等固体との衝突によるものと考えられる。
(二) 台船の基本的な強度を考える際には、通常の船舶の場合と同様、船体中央部に比較して両端部へと離れるに従って強度が減少してもよいことは造船工学上の知見として確立しており、船体中央部と両端部との単純な強度比較によって船首部の強度が不足していると考えるのは妥当ではない。したがって、本件台船の先端部の強度が中央部と比較して強度が少ないとしても、それは設計上の過失に該当しない。本件台船の旧船体部分は、かつて海中に沈められ又は海底に着底させられ、その上で海洋構造物等を建造するための用途に使用されていたのであるから、通常の台船と比較して極めて高い強度で設計・建造されたものである。
2 被告日興産業
被告日興産業は、本件海難事故当時、近藤海事に対し本件台船を賃貸していたのであるから、被告日興産業に保守管理責任はない。また、内航海運業法第八条による運輸省の認可の趣旨は、運輸省によるカルテルの一種である船腹調整機能を確保することにあるから、台船構造上の安全性の問題とは無関係である。
3 被告国
船舶安全法は、船舶に必要な堪航性、安全性を保持させる一般的行政目的から、一定の必要な構造及び設備の施設等に係る各種の義務を定めて船舶所有者にこれを課し、その義務履行状況を新造時及びその後の一定時点又は一定の事由が生じたときに検査によって確認するものである。同法二条二項に基づく船舶安全法施行規則二条において、①推進機関を有しないため構造等が簡易であること、②自ら航行するものではないこと、③航行区域が沿海区域に限定されていることの各要件を満たした船舶には、右各種義務の適用が除外され、船舶所有者に安全性の確保を委ねても十分な安全の確保が期待できるとしているが、その理由は次のとおりである。
すなわち、推進機関を有しない台船は、そもそも船体構造及び施設が簡易であるだけでなく、推進機関に付帯する燃料装置又は冷却管装置等の異常による危険が生じるおそれがない。自航性がなく常に曳船又は押船と共に使用されていることから、当該台船に何らかの危険が生じた場合でも、曳船又は押船による迅速な対応が期待でき、また、被曳航速度には自ずから限界があり本件台船に作用する外力は小さく損傷は受けにくい。沿海区域は沿岸からおよそ二〇海里以内の水域であるところ、右海域では気象条件が外洋と比較して穏やかであり、例え気象が急変したとしても容易に陸岸に避難できる区域でありかつ他船又は救助機関の救援が難なく期待できる。曳船は、曳航中、被曳航物の監視を十分に行い、曳船に重大な危険を及ぼすような異常があれば、これを切り離すなどの適切な処置を講ずることにより曳船の安全を確保することができるとの理由である。したがって、運輸大臣が、その裁量により、本件台船を船舶安全法の検査対象から除外したことについて、なんら裁量権の逸脱はない。
理由
一 当事者及び海難事故の発生について
1 甲一(船舶原簿)によると、原告盛船舶が海運を業とする会社であり(原告らと被告三菱重工との間では争いがない。)、多賀春丸を所有していたことが認められる。
2 乙一五(海難審判事件記録)及び弁論の全趣旨によると、被告三菱重工が船舶の建造、修理及び販売等を業とする会社であること、被告日興産業が海運、大型重量物海上荷役等を業とする会社であり、本件台船を所有していたことが認められる(原告らと被告三菱重工及び被告日興産業との間では争いがない。)。
3 証拠(甲二の1、2、三、四の1、2、五〜七)によると、原告中村奈保美、原告中村涼平及び原告中村学は、多賀春丸の船員であった亡倉田良政のそれぞれ妻、長男及び次男であること、原告浅井葉多子及び原告浅井友香は、多賀春丸の船員であった亡浅井美穗のそれぞれ妻及び長女であること、原告田島滿子、原告田島和典及び原告〓谷由美は、多賀春丸の船員であった亡田島致孝のそれぞれ妻、長男及び長女であること、亡倉田良政については平成元年一二月一八日、亡浅井美穗については同年八月二八日、亡田島致孝については同年九月四日、いずれも本件海難事故を死亡の原因たるべき危難として、それぞれ失踪宣告がなされたこと(原告らと被告国との間では争いがない)が認められる。
4 証拠(乙一六の番号2、17、22、一七の番号44)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
被告日興産業は、昭和六二年一〇月二六日、一か月から二か月の予定で近藤海事との間で、本件台船の賃貸借契約を締結し、右期間経過後もそのまま賃貸借を継続していた。また、原告盛船舶は、昭和六二年一一月ころ、近藤海事との間で、多賀春丸の用船契約を締結した。
多賀春丸は、昭和六三年一月二六日、京浜港横浜区第三区において揚荷した後、船長高藤利英、機関長亡倉田良政、甲板員亡浅井美穗及び機関員田島致孝が乗り組み、空船の本件台船を曳航して、同日午後三時、同区の大黒埠頭を発ち、関門港に向かった。その後、多賀春丸から午前八時の定時連絡が入らず、同月二七日午前八時一〇分ころ、神子元島の西方約三海里の地点において、本件台船のみ、本件増設部分の片側を喪失した状態で発見された(以下、喪失された本件増設部分を「船首側増設部分」、残存していた本件増設部分を「船尾側増設部分」という。)。多賀春丸に関する手がかりは、同日午前一一時五〇分ころ、神子元島灯台から一八〇度、約4.5海里の地点で、多賀春丸の膨張式救命筏一個が、同日午後一時四〇分ころ、右灯台から二四一度、約5.7海里の地点で水圧によって変形した同船の救命浮環一個が、同日午後四時五〇分ころ右灯台から一〇三度、約4.3海里の地点で、同船の膨張式救命筏がそれぞれ発見されたのみであった。
二 本件改造工事についての事実関係
証拠(乙四〜一〇、一一の1〜3、一六の番号11、17、20、21、22、一七の番号26、30、31、35、一八の番号55、二〇〜二二、四一)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
1 旧船体部分の経歴及び構造
本件改造工事前の旧船体は、被告三菱重工広島造船所で設計、建造された鋼製浮力定盤で(原告と被告三菱重工及び被告日興産業との間で争いがない)、内部に注水してドックに着底させ、その上で海洋構築物を建造するためのものであった。その構造は、全長約四六メートル、全幅約二〇メートル、深さ約3.6メートル、甲板及び船側外板の板厚八ミリメートル、船底外板の板厚一〇ミリメートルの箱型形状で、横方向に、船の長さを約三等分する位置にそれぞれ水密の横隔壁、前後端部と右水密隔壁間及び各水密隔壁間には非水密の隔壁がそれぞれ二枚ずつ、縦方向に、船体中心線から左右両舷方向五メートルのところにそれぞれ水密の縦隔壁、船体中心線に非水密の隔壁が、すべて端から端まで設けられていた。その他、縦方向には、本件増設部分の縦桁に対応する甲板及び船底部分に縦桁(ポンプルームを除く部分はウエブプレートが高さ四〇〇ミリメートル、厚さ一〇ミリメートル、面材が幅二五〇ミリメートル、厚さ一二ミリメートル)が設置されていた。また、甲板荷重一平方メートル当たり7.5トンに対応して設計がなされていた。
2 本件改造工事の経緯
被告日興産業は、昭和六二年三月三一日、沿海区域において三〇〇〇トン型の台船として使用するために、被告三菱重工から旧船体を五〇〇万円で買い受け、被告三菱重工に対し、その前後の両端に波切部分を増設する本件改造工事を二五〇〇万円で依頼した(被告日興産業が旧船体の所有権を取得し、本件改造工事を被告三菱重工に発注したことは、原告、被告三菱重工及び被告日興産業の間で争いがない。)。本件改造工事の設計、工作及び検査はすべて被告三菱重工が責任をもって行った。増設部分の設計条件は、甲板荷重一平方メートル当たり四キロトン、船底水圧一平方センチメートル当たり0.36キログラム、安全率を材料降伏点(SS四一相当で二四キロ/平方ミリ)の1.5分の一と決定した。甲板、船側及び船底の板厚はすべて九ミリメートルである。増設部分は、長さ各七メートル、幅二〇メートル、深さは旧船体から一メートルの部分までは旧船体と同じで、そこから約二〇度の勾配で立ち上がり、先端部で1.5メートルとなるものであった。なお、フレーム間隔は旧船体が五一一ミリメートルであるのに対し、本件増設部分は七〇〇ミリメートルである。
3 本件増設部分内部の構造
本件増設部分には、甲板又は船底等の他に縦強度部材として、旧船体の三つの縦隔壁、大型の縦桁を除いた四本の縦桁の延長線上に(すべて約二メートル五〇センチ間隔)、甲板及び船底部分にそれぞれ七か所ずつ縦桁(ウエブプレートは深さ三五〇ミリ、厚さ九ミリ、面材は幅一五〇ミリメートル、厚さ一六ミリメートル)が配置され、右各縦桁は、旧船体側の隔壁にブラケットを介して取り付けられた。旧船体部分から貫通する縦隔壁は設けられなかったが(原告と被告三菱重工及び被告日興産業との間で争いがない。)、局部強度を考慮して、船の長さ方向の中央部の各甲板縦桁と各船底縦桁とをつなぐように直径一六八ミリメートルの支柱が設けられた。
なお、縦桁の設置位置に関して、片岡秀一海上保安官作成の実況見分調書(乙一八の番号54)、及び右調書を根拠にした海難審判廷における原告盛船舶代表者の供述(乙二〇)中には、本件増設部分の縦桁は、旧船体部分の縦桁又は縦隔壁に対応する部分でなく、最大一〇センチメートルずれた箇所に取り付けられていた旨の記載があるが、右実況見分調書の計測は、本件海難事故により損傷した部分を起点とし、損傷前における本件増設部分の縦桁の状況を表すものではないから、この記載から直ちに右ずれが存在したものということはできない。
4 本件増設部分の溶接過程
本件増設部分は、JSQS(日本鋼船工作標準)の基準で作成され、両端部それぞれ二つずつのブロックに組み立てられた後に、旧船体部分に溶接により取り付けられた。この溶接は、上甲板及び船底外板は突き合わせ溶接(その後裏ほりを施す)により、上甲板縦桁及び船底縦桁の端部(面材部分を除く)は隅肉溶接によった。上甲板縦桁のウェブプレート部分の一部は、旧船体部分の横隔壁上の補強板に溶接された。突き合わせ溶接においては、増設部分のみに四〇度の開先をとり、旧船体側にはとっていない。旧船体部分の上甲板は、その前後端よりも一二ミリメートルひさしのように出ていた。
5 本件台船の強度
(一) 本件台船の縦強度
縦強度(船体について、これを縦方向に曲げようとする力に対して要求される船体の強度)を示す本件台船の横断面係数は、旧船体部分の中央部が甲板側七一万四一〇〇ないし七五万八六一〇、船底側が八六万九八一〇ないし九六万六一〇〇、本件増設部分が甲板側、船底側ともに七四万八三〇〇ないし七五万六二二〇である。これに対し、本件台船に働く縦曲げモーメント(有義波三メートルの中で荷物の積み付けを考慮したもの)を横断面係数で表したものは、それぞれ順に、二八万七八三〇、三三万一三七〇、一三万六六五〇、一九万九六五〇で、本件台船の数値はいずれもこれを大きく上回っている。同時に、本件台船の横断面係数は、いずれも船舶安全法二条一項に基づく鋼船構造規程の要求する数値四六万三一四〇を大きく上回る。
船底の断面係数は、本件増設部分が旧船体部分と比較して、旧船体部分の強度に八本の縦桁を含まない場合は一五パーセントの減少、旧船体部分に八本の縦桁を含めて計算すると約三五パーセントの減少になる。
(二) 局部強度
設計時の部材の選定を、甲板荷重を四トン/m2、水圧を3.6トン/m2とした場合の局部強度の観点から見ると、上甲板、上甲板梁、船底、船底の横肋骨、甲板縦桁、船底縦桁、船側外板、船側横肋骨、梁柱の選定部材は、いずれも右強度に欠けることはない。面材の寸法は、設計時の鋼材構造配置図(乙七)の予定が、工作時に構造図(乙八)のとおりに変更されたが、右強度に関して影響はない。
(三) スラミング圧力について
本件台船の船底に対する設計荷重は3.6tonf/m2のところ、本件台船が波高二メートルの正面向波下を、六ノットで進んだ場合、本件増設部分船首側の船底桁に作用するスラミング圧力も同じく3.6tonf/m2である。しかし、波高二メートルの正面向波下で可能な本件台船の曳航速度は高々四ノットであり、波方向が変化した場合、スラミング圧力は大幅に低下するので、可能なスラミング圧力も約2.6tonf/m2と推定され、右設計荷重を下回る。
船首船底が波浪にたたかれ、これを繰り返したときの荷重に対する局部強度、すなわち、本件台船が二メートルの波高の中を、六ノット前後で進み、斜めの平たい部分に波浪衝撃を受けた時に、その波浪衝撃を水頭に換算し直して、どのくらい甲板縦桁に応力が発生するかについては、被告三菱重工は、本件改造工事当時検討していなかった。
三 本件海難事故の原因について
原告らは、本件海難事故は本件増設部分と旧船体部分との結合強度不足及び剛性の不連続が主たる原因となって、右結合部分に疲労状況が生じ、本件台船が波にもまれている内に、船首側本件増設部分が完全に脱落し、引索を介して多賀春丸を海中に引きずり込んだもので、本件海難事故は、本件台船の設計上若しくは工作上の欠陥により生じたものである旨主張するので、以下検討する。
1 旧船体に残された破断面の検討
証拠(甲二二、二三、乙一の1、2、二の3、4、三の1、2、一六の番号11、一七の番号33の2、52、一八の番号54、55、乙二二、三九、四三、丁一の2)及び弁論の全趣旨によると、船首側増設部分が剥離した跡の旧船体の破断面(以下「本件破断面」という。)につき、次の事実が認められる。
(一) 上甲板は、隔壁板直上船首側のバット接手部に沿って大部分その船尾側の母材内で切れていたが、本件増設部分側の母材で切断した部分もあった。右船首側増設部分の母材で切断した上甲板部分には、上面に引っ張る力が加わったことによるものと考えられる溶着金属が残り、かつ、表面亀裂が多数みられた。本件破断面の上甲板部分は、下方に大きく塑性変形し、その断面は収縮している。
(二) 本件破断面には、脆性破壊クラック、脆性破壊を示す光沢、疲労破壊を示す滑らかな破面、貝殼マーク又はビーチマーク等はなく、溶接部分には、溶接欠陥を窺わせる痕跡はなかった。
(三) 旧船体の横隔壁板には、喪失した船首側増設部分の各甲板縦桁が取り付けられていた位置に、いずれも甲板縦桁が突き刺さったことによる破口(凹損)が生じ、右破口では裏側の縦通隔壁及び縦桁も刃物で切ったように鋭く押しつぶされている。右破口及び旧船体内部部材の損傷を生じさせるためには、波浪などの静的荷重のみでは不可能であり、何千トン単位の過大な荷重が衝撃的に負荷されることが必要である。すなわち、水のような流体の衝撃力では、瞬間に落ちてしまうためエネルギーは大きくならないため、固体が上からのしかかるような力が負荷されることが必要である。
(四) 隔壁と甲板縦桁の取合部には、一部ブラケットは残っていたが、多くは甲板縦桁ウエブ及び隅肉溶接部が破断している。また、船首隔壁板付ダブリングプレートは、いずれも前方にひきちぎられていた。このことは、旧船体の横隔壁、ダブリングプレート及び甲板縦桁の溶接が、船首部分が脱落するときまで付いていたことを示している。
(五) 船側外板は、右舷側上部では溶接線に沿って切れているが、最上端部では船尾側外板部分で切れている。左舷側では隔壁直前方のバット接手から二〇〇〜三〇〇ミリメートル前方でかつ左前方に引っ張られるように切れており、隔壁板と外板の取合部も切れている。
(六) 本件破断面下部の船底縦桁が溶接されていた近辺には、船底縦桁の面材による水平の傷は何ら残されていない。これは下から上に向けて荷重がかかったのではないことを示している。
(七) 被告三菱重工が、本件増設部分と旧船体部分との接続部の実物大モデル(鋼板・溶接条件は本件台船と同一)を作成し、これに上甲板から各種の力を負荷させる実験を行ったところ、甲板縦桁と横隔壁間のブラケットは、一三ないし14.5トンの負荷で座屈した。静的な荷重で増設部分の上甲板を押し込んだ場合、縦桁の面材が横隔壁を破ることはあるものの、旧船体部分の縦通隔壁は切れることなく、座屈するにとどまった。また、ブラケットが座屈する負荷をかけてから、七トンの力を一〇〇〇回又はより強い力を二八回かけたときは、いずれも隅肉溶接部分に疲労クラックが生じ、後者では更にブラケットが切れ、クラックは縦桁のウエブにも達した。座屈強度は2.4であった。
2 残存した船尾側増設部分等の損傷について
証拠(甲一三〜一五、二一、二三、乙一の1、2、一七の番号28、52、二二、三九、四二、丁一の1)及び弁論の全趣旨によると、残存した船尾側本件増設部分及び旧船体部分について、次の事実が認められる。
(一) 船尾側増設部分内部の旧船体側では、甲板縦桁と旧船体横隔壁を結合するブラケットは、左舷に一番近い一つを除きすべてに亀裂が生じ、右舷側二番目ないし四番目のものは折損している。船底縦桁と旧船体横隔壁の接合部分では、左舷から二番目及び五番目の縦桁に亀裂が生じ、ブラケットは、左舷に一番近いものを除き、すべて亀裂又は曲損を生じている。中央部支柱上部は、一番左舷よりのものを除いてすべてに亀裂が生じ、特に右舷から二、三番目のものは縦桁から完全に離脱している。中央支柱下部は、右舷寄りの二つを除いてすべてに亀裂が入り、左舷から二、三番目の亀裂は全体に広がっている、船尾側増設部分の端部では、甲板縦桁と船尾後壁との間のブラケットは、左舷に一番近いものを除き、すべてに亀裂が生じ、右舷から二ないし四番目のものは全体に生じている。船底縦桁と船尾後壁との間のブラケットは、すべてに損傷が生じ、同部の縦桁ウエブには一番左舷寄りのものを除き、すべてに亀裂が生じている。全体に船底縦桁の損傷は、上甲板縦桁の損傷よりも大きく、見える範囲の破面には、いずれも低サイクル疲労のビーチマークや錆は見られない。
(二) ブラケットを座屈させるためには、一様水圧換算で六トン/m2の力が必要であること、疲労破壊であればそれぞれの隅肉溶接部分から開始するはずであることから、船尾側の破壊は、脆性又は疲労破壊ではなく、延性破壊であるが、船首部の延性破壊とは異質のもので、二回の大きな力が加わったことによって生じたものと推測される。
(三) 左舷船側外板の内側には、右舷から左舷方向への塗料の剥離に至らない擦過痕が水面下まであったが、右擦過痕付近には本件台船以外の塗料等の付着は認められなかった。残存した右舷側外板の端部には、擦過による塗装の剥離部分が認められたが、同部分近辺には、本件台船以外の塗料等の付着は認められなかった。
3 多賀春丸が沈没したことにより船首側増設部分が脱落する可能性
証拠(乙一九、三五)によると、多賀春丸の水中重量は、軽荷状態で約一七九トン、満載状態で約二五五トンであること、これに対し、引き索の破断強度は約六〇トンであること、本件台船が本件破断面で破断するためには、船首端に一〇〇〇トンを超える荷重が作用することが必要であること、したがって、仮に多賀春丸が先に沈没して、その重量が引き索を介して本件台船に作用しても、船首側増設部分を脱落させるに足りないし、そもそも引き索がそれに耐える強度を有していないことが認められる。
4 右認定事実をもとにして、本件海難事故の原因について検討する。
(一) なるほど、本件海難事故は、本件台船の旧船体の船首及び船尾部分に波切り部分を結合し、さして異常気象でもない海上を航行中、後から取り付けられた船首側の本件増設部分がそのまま脱落して多賀春丸の沈没をもたらしたのであるから、この事実を一見する限り、本件改造工事に何らかの欠陥があり、右欠陥が本件海難事故を招来したとする原告らの推測も、理解できないではない。
しかしながら、以上認定の本件改造工事の経緯、破断面の状況及び本件台船の強度に関する事実等に照らすと、右脱落原因が、本件改造工事における本件増設部分と旧船体部分との結合強度不足及び剛性の不連続に起因する右結合部分の疲労状況等、原告らの主張する欠陥に起因するものと認めることはできない。
(二) すなわち、前示認定の事実によれば、本件破断面に溶接欠陥、疲労破壊又は脆性破壊を窺わせる痕跡が認められない一方で、通常の海上現象では説明できない何千トン単位の大きな力が、船首側増設部分の上から下にかけて働いたことによる延性破壊の痕跡が明らかに認められるのであるから、その具体的態様は特定できないものの、船首側増設部分は、これに上から下へ、かつ、右舷から左舷方向へ本件台船の設計外力を超えた大きな力が作用したことにより脱落し、同部分が海中に沈み、引索を通して多賀春丸を海中に引きずり込んだものといわざるを得ない。そして、前示認定のとおり、本件増設部分の強度に特に問題点が見受けられないことを考慮すると、本件増設部分には、旧船体に全通している縦通隔壁がなかったものの、右縦通隔壁の不存在や原告の主張する船首側増設部分と旧船体部分との結合に欠陥があり、その欠陥が本件海難事故の原因になったと認めることはできない。また、旧船体部分と船首側増設部分との間の縦強度に、右二5(一)のとおり不連続が存在するが、これが右外力との間に何らかの因果関係を有するとは認められないのであるから、右強度の不連続についても同様、本件海難事故の原因と認めることはできないものというべきである。
(三) 原告らは、船尾側本件増設部分内部の縦桁、肘板及び支柱が前示認定のとおり破壊していることを根拠にして、船首側本件増設部分も右同様、航行により本件海難事故以前から、その縦桁、支柱及び肘板に損傷を生じていた筈で、これが本件増設部分脱落の原因となったと主張する。そして、山田船舶設計事務所作成の船体強度計算書(甲一一)によると、本件台船はマッチ箱を押しつぶすような荷重に対し、一番負担がかかる旧船体部分の横隔壁と本件増設部分内の縦桁の接合部が弱く、空船状態で船首部の喫水が三メートルになると、右接合部は一瞬にして破断するとの見解が示されている。また海難審判庁理事官作成の原告盛船舶代表者、泉郁夫に対する質問調書(乙一六の番号2、一七の番号41)には、本件増設部分と旧船体部分との結合部に強度不足があるとの供述部分がある。
しかし、船尾側の肘板等の破壊が延性破壊であることは、前示認定のとおりであるから、船尾側の内部部材の損傷も本件海難事故の際に発生したものと推認されるのであり、山田船舶設計事務所作成の右船体強度計算書は、本件台船に対し働く力は船体全体について計算しながら、船体の強度については問題となる部分それぞれの強度を求め両者を比較しており、その解析手法に問題があること、また、船首増設部分の甲板縦桁が旧船体部分の縦隔壁又は縦桁の位置にずれを生じることなく溶接されているならば、右計算書で想定する破壊形態では、前示認定のような船首部縦桁が横隔壁に穴を開けることはないと認められるところ(乙二一)、右二3のとおり、溶接に目違いがあったとは認められないこと、更に、本件破断面において、船首隔壁板付ダブリングプレートが前方に引きちぎられていたこと及び甲板又は船底縦桁が残存していなかったことは、前示認定のとおりであるから、船首側本件増設部分が脱落するまで横隔壁、ダブリングプレート及び甲板縦桁がそれぞれ破断することなく溶接されていたと考えられることに照らすと、右計算書の見解は、直ちに採用することはできない。原告盛船舶代表者、泉郁夫の前記供述部分は、単に憶測を述べるのみで、なんらその裏付けはない。そして、他に原告主張の事実を認めるに足る証拠はない。
(四) また、原告らは、設計外力をはるかに超えるような力とは大型船舶の衝突以外には考えられないところ、右三2(三)のとおり、本件破断面近辺の旧船体部分には船舶との衝突の事実を裏付ける痕跡が特にないこと、そのような船舶も特定できないこと等を理由として、大きな外力が加わったことを否定するが、塗料等の付着が認められないとしても、船舶等との衝突の可能性がまったくないとはいえないし、右の外力を作用させた物を具体的に特定できないからといって、本件破断面の破壊態様が延性破壊であることまで否定することはできないから、原告らの右主張も採用することはできない。
四 結論
以上のとおり、本件海難事故は、被告三菱重工による本件改造工事の欠陥に原因があるものと認め得る確証はないから、原告らの被告三菱重工に対する請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。また、被告日興産業及び被告国に対する請求は、いずれも本件海難事故が本件改造工事の欠陥に起因することを前提とするものであることがその主張自体明らかであるから、同被告らに対する請求もその余の点を判断するまでもなく、理由がないものというべきである。
よって、原告らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官長野益三 裁判官林圭介 裁判官小田正二)